昔の子育てってどんな感じだったの?時代から読み解く夫婦と子育て~縄文時代編~

子育て

昔と現代と全く違うようにみえる縄文時代の生活を、ブログ主が勝手に読み解いた育児のヒントになりそうなことを書いていきたいと思います。

縄文時代は諸説ありますが、約15000年前の時代だと言われています。よく教科書ではじめの方に習う歴史だと思います。

こたつみかん
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私は小学生の記憶が曖昧すぎて、とりあえず動物を狩って生きていた時代だよなと言う、うろ覚えな感じです。

私も一緒です!って方いらっしゃいますか?いませんよね。わかります。

とりわけこの時代が始まったころは、アニメやCMでお馴染み「はじめ人間ギャートルズ」なんかを想像すると分かりやすいかも知れません。


引用元:(C) そのやま企画・TMS
1974.10.05~1975.03.27/朝日放送系/1話15分(第117話より30分1話) 全137話

「なぜ、縄文時代??」と疑問でいっぱいだと思います。

何故取り上げたかというと…”今の集団生活が始まる基盤になった時代”であるからです。まだまだ原始的な生活だった縄文時代。

もちろん、便利で片時も離せないスマホだって、なくてはならない水だって家の蛇口をひねれば適度な量で自動になんて出てきません。

電気だってないから、暗くなる前に夕飯の準備をして、冬なら暖房もない家の断熱材なんて画期的な物がない中、暗くなったら皆で肌を寄せ合って眠る生活だったのでないかと勝手ながら想像してしまいます。

全てのものを自分で何かを作り、太陽のおもむくままに、季節や時が流れていった時代。

  • どのようにして生活していたのか
  • どのようにして子育てしていたのか
  • どのような夫婦関係だったのか

気になりませんか?

現代よりも、全てのものを自分達がやらなければならないのに、縄文時代はとても長い間続きました

長く続くということは生活が豊かであったと言うことです。

ちょっと掘り下げて縄文時代を覗いていきましょう!

極寒の地だった地の男女の役割

15,000年から10,000年前、極寒の地だった日本という島国。
寒さという圧力から洞窟での生活を余儀なくされていました。

寒さに耐えながらでも、食べるものがなければ飢えてしまうので、外に出て食料を調達してこなければなりません。

男性は体力と力があるので食糧の調達は男性が行っていました。ここには女性の温かみを求める男性的な欲求と、気持ちと自身の『居場所』の為に、寒さで凍え死ぬかもしれない危険と狩りの最中に命を落とすかもしれないリスクを抱えながらも、外へ向かっていったのではないでしょうか。

男性はどうしても、女性と違って気持ちだけでなく体の繋がりを求めてしまうのは、動物的な本能があるからだと思います。人間は思考を重視した生き物であっても、子孫を繋いでいかなければならないという無意識な動物的本能は消せないのだと思います。

仕事ばかりを優先してしまう事や、家に帰れば奥様にそういう気がなくても、②旦那様が体の繋がりを求めてしまう事は縄文時代からも続いている無意識な本能と言えるのではないでしょうか。

女性は男性のいない孤独な環境下で、男性がいつ帰ってきてもいい環境を作る為の努力と、寒さと孤独を耐え抜く進化をしてきました。女性は脂肪がつきやすく雪山で遭難した時などは女性の方が生きる可能性が高いと聞くのは進化の過程なのかもしれないですね。

また女性は女性とのコミュニティを男性よりも形成するのが上手く、失恋などをしても女性の方が早く立ち直ることができると言うのはよく聞く話ですよね。失恋という孤独へのストレスから早く脱出できるということは、ストレスを受けてからの思考回路の転換がうまいということですね。

女性同士でのおしゃべりでストレスを発散させたり、気持ちの切り替えが得意なのも人間の女性の本能なのだと思います。

こたつみかん
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スマホや読書、ゲームといった一人で楽しむものがなくても、現代でも女性同士のガールズトークが数時間でも話せるように、縄文時代は男性を待ち続けている間の井戸端会議が一番の娯楽だったのかもしれません!

次は寒さという圧力が薄れていくと、いよいよ彼らも外の世界へと出ていきます。

寒さが落ち着き外の世界へ・・・

縄文時代の生活は現在でいう村や集落といった、一つの世帯がいくつも集まったグループを作っていきました。

主に動物を狩ったりする時は仲間と連携が必要になるためです。

また、木の実などを採るなどしたものを調理して食べていました。そういった生活の中で、出産をして、共同で子育てをしていたようです。

男性は集団の結束力を強め、女性は周囲環境の充実を図った

男性の役割は団体の調整役

男性は旧石器時代同様、外へと狩りに出かける事が多かったようですが、木の実を採ったり、球根や山菜、川や湖の魚貝類といった力のいらない採取は女性でも充分捕ることができるようになったので、必要以上に狩りに行くことがなくなりました。

こたつみかん
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調べている時に『縄文人の男性は必要以上に狩りにいかなくなった』と聞いて、正直大丈夫なのか縄文男性っ!?と思いました。

植物採取など、女性の生産性が向上してくるにつれて、狩へのウェイトがなくなりつつありましたが、植物採取へはタッチしませんでした。ただ、調理する際には塩が必要だった為、海の近くにいる部族と物々交換し、交易などは男性が主体でしていたようです。

その分、集団の結束に努め、疑似的な狩猟や踊りの練習に熱を注ぎました。

こたつみかん
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男性でも簡単な食材採取はできたと思うのに、干渉しなかったのは女性したいことやできることを認めていたのでしょうね。

個人や世帯の小さい規模の充実だった狩りから、現代でいう『祭り』的な大きな規模の団体の充実に力を入れる背景には、住環境を整えてくれる女性の力があってこそなのかも知れませんね。

こたつみかん
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現代の夫婦に置き換えると、奥様が家事や料理をしてくれるから、住み心地のいい住環境が整うということですね!

祭り好きで好きな事には熱狂的になるのも、縄文時代から受け継がれる遺伝子なのかしれません(笑)

女性の役割は内なる守り

地球が温暖化していくにつれて、依存から徐々に生産をしていくようになりました。男性の先程男性の役割でも述べたように、植物の採取は木の実や球根、山菜や川・湖の魚貝類といったものをとっていました。木の実などは自分から危険を冒して狩にいかなくても、力を使わなくてもいいものを行っていました。

こたつみかん
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動物の数よりも、はるに種類がある植物を食材にするって、かなりの洞察力が必要だと思うのです。

人間以外の動物が何を食べているかとか、その動物はどうやって植物を採っているのか、その動物が食べているから毒がなく安全かもしれないとか、毒があった場合直ぐに毒だと分かる直観とか。

対象物をいかに色彩で観察して危険を察知して回避するかというのに長けていると考えれるような気がします。

こたつみかん
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視覚に長けている女性は、対象物を観察して顔色や状況を察知する能力が高いので、子供を持つ母親がより発揮する能力な気がします。赤ちゃんの異変を素早く察知できるのも女性特有の能力だと思います!

他にも昆虫採取や土器造り、衣服作り、炉の火の番人、子育てなど生活の中心は女性が行ってきました。

こたつみかん
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洋服や料理(食事)というのは生活の中心であり、どちらも気持ちを豊かにしてくれるのは現代でも同じなのだと思います。

次はいよいよ、女性のみしかできないことが出産の話になります。

縄文時代の平均寿命と出産。出産は命がけ!

縄文時代全体の平均寿命は14.6歳。
※これは男女ともに乳幼児の死亡が多かったと同時に、死産でなくなった赤ちゃんも多かったのも平均寿命が短い要因です。

乳幼児を除くそれぞれの寿命は男性30代が平均寿命に対し、女性は特に24歳前後の死亡率が高かったようです。

男女ともに心身ともに成熟し、女性は出産が可能な年齢だといえます。現代に置き換えると、男性は働き盛りで、女性は大学卒業後の社会人といったところでしょうか。

こたつみかん
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これからという時にもう太く儚い人生を終えてしまうって、現代では考えられないけど、男女共にどう映っていたんでしょうか。

短いからこそ男女がお互いを尊重し、後世の為に結団して子育てをしていたのかもしれないいですね。

医療が発展した現代でさえ命がけですが、子供を産むことは死に直結するほど容易なことではなかったのですね。

こたつみかん
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現代の医療では切迫早産・逆子・緊急帝王切開・吸引分娩などといった、胎児または母体に特変があったとしても、救われる命になってきました。

ただ、この時代の出産はほぼ胎児の死か母子共に死に直結する出来事だと思うと、現代に生きていて良かったと思います。

私も帝王切開で出産した身としては、子供の顔が見れ、私自身が子供の世話を普通に遅れるのは、医療があってこそなのだと感じます。

土偶は今でいう、安産お守りのようなものだった

土偶では女性的な体の特徴を表した、ふくよか胸やおしりにぽっこりと膨らんだお腹が特徴的なものが多かったそうです。

でも、普通の女性はお腹は膨らんでいませんよね。膨らんでいるということは、妊婦さんの姿のものが多かったのではないかと言われています。

お腹の膨らんだ妊婦さんのような土偶は、とても綺麗に装飾されていて神秘的でしたが、どれもバラバラな状態で形の整ったものは出てきていないそうです。

出産や妊娠中に起きる可能性のある”死”を追い払うために土偶を作り、土偶を代わりにバラバラに破壊することで、無事を願ったのではないかという説があります。

土偶から見えてくるのは、出産を控えた女性への無事を願う切実な想いがつまったものだったのですね。

子育ても現代に似ている

生まれた赤ちゃんは母乳を飲みますが、授乳期間は約2~3歳と現代より少し長くなります。

離乳食はドングリやイモ類を叩いたり、すり潰して粉上にしたものを、水で溶いたドロドロしたものが母乳の代わりとしてあげられていました。その後、離乳すると大人と同じものを食べるのは変わらないようです。

こたつみかん
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授乳期間が長いのは、食料と当時の授乳環境があったのかもしれないですね。

授乳がメインの栄養源だったと思いますし、母親だけから授乳をする訳ではなかったと思うので、比較的長かったのではないでしょうか。

うちの息子もおっぱい星人ですが「終わり!」と言わなければ、いつでも吸っていたいくらい落ち着いた顔をしています。

離乳食で使われている、ドングリは幼少期の私が生で食べた記憶から掘り返すと、エグくてとても食べられたものではなかった気がします!(食べたんかい!笑)イモは自然に生える自然薯あたりだと思うので、煮れば柔らかく食べやすくなったかもしれません。ただ、どちらも味付けしなければ、ダイレクトに自然の味がします。

ドングリを使って縄文クッキーを実際に作ってくれた方がいますので、参考までに!▼

アクが強すぎて食べられないドングリを縄文人に倣って食べる (ドングリ2013 その3) - オトコ中村の楽しい毎日

おやつなども作られており、ドングリやクルミなどをすり潰したものを、動物の肉や卵でつないで焼いたものだったようです。それなりに甘みがあり糖分があったようで、虫歯になってしまった人も多かったのだとか…

土偶の中で赤ちゃんを背負った姿の土偶が発掘されており、この時代から背負うことをしていたことが分かります。

また成長の証として、四角く平べったいものに子供の足型をとったとも言われています。他にも手形や、子供が手で土を握った塊の土器、歯の形といったものも出土しているようです。

子供の成長を残しておきたいと思う、母親像が浮かびますね。

現代と縄文時代とが違うところ

現代と少し違うのは、この時代は集団で子育てをしていた可能性が高いということです。現代の先住民のような生活をしてたであろう縄文時代の人々。先住民の人々は自分の子供でなくても、抱っこして、授乳もしているという研究があるそうです。

先住民の子供達はいろんな人たちに抱っこやおんぶといった触れ合いをしていく中で、基本的な生活の中心は母親にあったとしても「隣のおばちゃんならこういう、おんぶ。お友達のお姉ちゃんならこういう、抱っこ。近所のお兄ちゃんとおじちゃんは遊んでくれる」と子供なりに体系がそれぞれ違う大人と触れ合うことでバランス感覚が育ち社会性を学びます。

また、いろんな大人と触れ合うことで”様々な菌”を取り込み、また他のお母さんから自分の母親とは違った”抗体をもつ母乳”をもらうことで、病原体から守る体を作っており、アトピー性皮膚炎などの疾患はないそうです。

近所の人からの授乳ということについてはここ50・60年まで脈々と続いており、この世代のおじいちゃんおばあちゃん世代の中には、母乳の出ない人は近所の同じ世代の方からもらい乳をしたりしていました。

余談ですが、電車の中で授乳するのも普通のスタイルだったと祖母から聞いたことがあります。「赤ちゃんは母乳を飲むのは普通で、それがどのような状況であっても日常的である」という風景が男性にとっても日頃から目にしていたことで、恥ずかしいことでも、変なことでもなかったようです。

”縄文時代”をまとめると

【まとめ1】
極寒の時代だった頃は女性は男性に依存しなければならない状況にあったが、それでも男性はしっかり女性を肯定し存在を認めていたこと。

【まとめ2】
いよいよ女性も外へ出られるようになり、男性に変わって様々な食べ物を採ってきたり、生活の中心となることを全て担ってきた。男性の狩りの重要性が薄れても、お互い対等であり、お互いの役割をしっかり把握して尊重してきたということ。

【まとめ3】
男性の狩へ出向くことは少なくなっても、家族や集団を守り抜くために怠けることなく、遠方へ出向き、交易や他の集団と交流をすることで、団結力を強くするように努めたこと。また、女性の生産性向上への干渉もしなかった。

【まとめ4】
出産は神秘的であり、ともに命がけであったこと。

【まとめ5】
出産時の母親の死や、死産で生まれた赤ちゃんが身近であったのにも関わらず、弔いとして”死してなお美しく””死んでなお尊き存在”として、多くの土偶や土器、貝の装飾といった物が埋められていた。集団ひとり一人がひとり一人を尊重し、男性も女性も大人も子供も、”生きること”を皆で歩んできたこと。

今回、縄文時代という教科書と予測だけの時代にも関わらず、学ぶ風景が隠されているのではないかと思いました。

ひとり一人の意見が尊重される中、どこか人間関係には疎遠になってきました。

ひとりでできる楽しさを得た反面、ひとりしかいない悲しさも同時に得てしまったと思っています。

昔の人はひとりで子育てはしていなかったんです。だから、ひとりで子育てしなくていいんです。ママだって、パパだって、ばーばだって、じーじだって、ママ友だって、子育てセンターだって、ネットであっても、自分のできる繋がりを持つことが、自分の助けになってくれると信じています。

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